桜嵐記は史上最高傑作なのか?に関する雑記

桜嵐記のイメージ 作品語り

「桜嵐記」が宝塚史上最高傑作なのか?と問うとき、答えは10年後の評価で決まるとしか言えません。宝塚歌劇団が存在しているとして、さまざまな作品がつくられたのち、超えるものはないかも、と思われていたらいいかな。作者とともに、主演コンビと出演した方々の栄誉になるとしたら月組ファンもうれしい。

ここで、ふと、この世の矛盾のひとつを見つけました。桜嵐記が最高傑作レベルの作品だったとして、さらに、月組ファンの人が観た場合、けっこうな割合で思考回路がショートしてしまう、ということ。わたしの場合、何十回通ったとしても、結局何も観ていなかったということになったでしょう。

ちゃんと目にとどめておこう!と固く誓っても、端的なことしか覚えておらず。夢見心地になってしまう。周りの方々ほどは泣いていなかったんですけど、それでも肝心なこと何も覚えちゃあいない。円盤確認が必要でした。

細かい目の動きの芝居。普段はあまりスターアングルを見ないんですが、主演の楠木正行(珠城りょう)が弁内侍(美園さくら)を見つめる目の動き=感情の機微であった作品なので、見ては驚き感心し、の繰り返しでした。

この作品を語り尽くすことは難しいとは思いますが、感想を書いて終わり、には到底ならないのです。

太平記と桜嵐記

南北朝時代にスポットライトをあてたのは、上田久美子先生の才知の極みでした。

桜嵐記のスムーズな展開の要因として、歌が場面をぶった切らない、ことだと思っているのですが、その一番良い例が、第15場出陣式での後村上天皇(暁千星)が歌う歌。

出陣前の正行軍に贈るはなむけの言葉としての歌であり、挿入歌ではありません。

年ふれば 思ひぞ出づる 吉野山 またふるさとの 名や残るらん」(新葉和歌集)が歌詞として使われています。この和歌の最後の7・7をリピートさせて歌わせるという天才的な手法で。最初の5・7は主題歌のメロディーに乗せています。

これを成功させるには、主題歌を和歌風にすれば済むことですが、そんな簡単に行きますか!?

いとも簡単に行われていますけども。

主題歌は、5・7・5・7の構成になっています。第2場で「もののふは 限りを知りて 魂極る 命知るらむ」と歌われるとき、もののふ、限り、魂、命、と聞いただけで舞台の内容が頭に入って来るかのようです。(細部は夢見心地だから飛ばしておいて)

この後村上天皇の詠んだ和歌や、人物をウィキペディアで調べると、登場作品として記されているのは、2作だけ。

太平記(1991年、NHK大河ドラマ、細山田隆人→西垣内佑也→渡辺博貴) 
桜嵐記(宝塚歌劇・月組公演)(2021年、演:暁千星)

とあります。

ここにも、桜嵐記の特筆ぶりが!

ものをつくるとき、オリジナリティが最重要であり最難関でもある。宝塚の作家がオリジナル作品として、100年以上の歴史ある歌劇団で上演されることのオリジナル性に加え、スポットライトがあたっていない時代を扱っている点で高いオリジナル性を持っていると言えます。

完全オリジナルであるため、版権の制約もなく、後世に語り継いでいくことができます!歴史が題材なのに、2021年の感覚もちゃんと押さえられていて、古くて新しく、新しくも普遍。

宝塚作品であることで、万人受けするとまではいきませんが。でも、ミュージカルアレルギーのある人でも大丈夫な作品として、後世まで語り継ぎたいですね。

前述の後村上天皇の歌の他に、心情を情景に絡めて、あくまで自然にヒロイン弁内侍の口から歌が出たように歌われる「♪春の歌」と「♪おもかげの歌」の2曲があります。タイトルもシンプルで美しい。

ミュージカル手法として、リプライズ(同じ曲を歌詞や編曲を変えて歌う)も使われていますが、やりすぎない感がとても上品。(いつも後から気付くのですが。。桜嵐記のリプライズは、いつにも増して全く違う曲のように聞こえます!)

後村上天皇と弁内侍が歌う曲以外は、ミュージカル風に組み込まれています。それでも、雪の精や、血の猿楽と名付けられた踊り手による『舞』もふんだんに取り入れられているため、歌もその一部のように感じられ、まさに現代風能楽を観るかのよう。。。

もののあはれ

桜嵐記の世界観に浸りつつ、なんか既聴感があるなー、と思っていたら「若き日の唄は忘れじ」と似てる部分があるからでした。

「若き日の唄は忘れじ」は1994年星組初演の藤沢周平作「蝉しぐれ」をもとにした作品。

和な鼓の音とか勇ましさが似ている場面があるほかに、「♪恋の笹船」という曲の一節、「見つめ合うふたりの」の部分が、「雪解待ち咲き初む」最後の2音以外?ほとんど同じなんです。日本物ということもあって、曲の一節が似てしまったのだと思いますが、同じ悲恋ものが潜在意識のなかで重なってダブルパンチ効果のように感じられます。

結ばれない淡い想いの尊さ、せつなさ。もののあはれ、や、散りゆく桜(はな)、などの脈々と日本人の心に流れる土着の価値観を再認識させられるという点において、この2作品は似ています。淡い想いをそのままセリフにしたような決めセリフ(?)も堪能できるし。

「文四郎さんの御子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」 ー若き日の唄は忘れじ

「だから、今は生きたいのです。あなたも私も氏を思うて生きてまいりました。でも、二人が確かに生きていることだけ、今はあなたと知りたい」 ー桜嵐記

男役がおもいっきりキザる舞台は宝塚の真骨頂だけれど、内に秘めた感情が丁寧に表現される舞台作品というのもしみじみ良いものですねーー!!

若き日…は原作があるけど、桜嵐記は上田久美子先生の渾身の書き下ろし、ということで、より価値ある1作が世に生み出された形になりました。

日本物の良さを端的に表す言葉を、スカイステージ番組「いにしえ逍遥・旅タカラジェンヌ#116-京都・下鴨<2>」に見出しました。美園さくら嬢出演のこの番組の締めに京都を「和の風情溢れる美しさを柱としつつも、そこに溶け込む洋の文化をも引き立たせる奥ゆかしさを持つ都」であると形容。そして、「和と洋、それぞれの美を追求し続ける宝塚歌劇団と同じ」と続きます。

和と洋、それぞれの美の追求、、そうですね。それぞれに美があり、それぞれ追求することが可能なのが、宝塚歌劇団だった。そういうことでした!

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コメント

  1. モガ より:

    後村上天皇の和歌を検索していて辿り着きました。30年くらいしがない一般ファンをしていて150年周年まで頑張ろうと思っていますが(笑)、桜嵐記は作品として最高傑作でこれ以上のものには生涯出会えないのかもしれないな・・・・出会えるといいんだけど・・・と思いました。ハマった作品、好きな作品は数知れませんけど作品となると。若き日も演出が美しくて素敵でしたね。

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