グランドホテルという演目は、月組の伝家の宝刀。インパクト大の作品が27年後に再演されること自体にドラマを感じるのに、初演が退団公演、再演がお披露目公演であるという点で特別な作品です。
1990年初演の「川霧の橋」(剣幸&こだま愛コンビの退団公演)が月城かなと&海乃美月トップコンビのプレお披露目として上演予定なのと重なります。
いまとなっては、珠城りょう&愛希れいかを象徴するような、端正とダイナミックの出会い、みたいな雰囲気がある作品ですが、一番最初にちゃぴのグルーシンスカヤを目当てに映像を見たときは、重めで暗めのモチーフにちょっと滅入りました。
ただ、この演目を調べるうちに、グランドホテルという作品の演劇界における位置を知ることとなります。単なるミュージカルにとどまらない意義を持つ、ということ。😉😉😉
グランドホテル学
グランドホテルのナンバーを書いた作曲家モーリー・イェストン氏はイェ―ル大学で音楽を教えていました。
イェ―ル大学で演劇を学んだことがある女性に宝塚のはなしをしたときに、真っ先に「グランドホテル」も上演した、と教えてあげました。そこ?という感じでしょ?でもその事実だけで、瞬時に宝塚歌劇団がどういう取り組みを行う集団なのか、伝わったと思います。
それくらい、グランドホテルは映画界や演劇界において確立された研究科目としての一面を持っており、それを押さえているのがタカラヅカだ、と言えます。
グランドホテルの革新ポイントは主に3点:
1.ホテルを舞台にした群像劇であったことから、一つの場所でさまざまな人間模様を持った人物が集まり物語が展開する表現方法の代名詞となった。 2.映画化されたときに当時は画期的だったオールスターキャストで撮られた。それまでは、客寄せであるスターを一人以上使うのは無意味だというのが定説だった。 3.舞台において、回転扉、椅子、バーなどの小・大道具だけでホテルロビーや部屋という空間を表現した。
宝塚歌劇団による日本での上演と相性が良い、いわば第4のポイントが、ベルリンを舞台としていることです。ヨーロッパで展開する1920年~30年代ものって日本人の観客と親和性が高いと感じます。
グランドホテルの原作者は、オーストリアの作家ヴィッキー・バウム( Vicki Baum, 1888~1960)という女性。最初に戯曲化したのもご本人だし、ウエストエンド・ブロードウェイで上演された1930・31年あたりの舞台作品から、1932年の映画に至るまで、アメリカに移住後の原作者が監修しています。
1932年公開のMGM製作映画は、第5回アカデミー賞最優秀作品賞を獲得。
初期の舞台作品および1932年の映画は、書かれた時代のおはなし。ところが、その次にミュージカル化されたタイミングは、約30年後の1958年。宝塚ファンが知っている舞台は、1989年に刷新されたバージョンなので、そこからさらに30年後。普遍的ヒューマンドラマだから色褪せない?
つまり、当初は「現代」のおはなし。1958年の舞台は30年前のおはなし。1989年の舞台は60年前のおはなし。こう考えると、1989年から振り返る1929年は、けっこうな懐古。ただ、1958年の舞台はそのままでは古臭いと思われたのか、設定が現代ローマに置き換えられたのだそう。
時代を変えても成り立つことは成り立つけど、『1928年のベルリン』でないとあまり美しくないのよね、と感じられます。チャールストンとか「♪グランド・パレード」の前奏から感じる20年代風味が味わい深い要因のひとつなので。
この1958年『現代ローマ設定版』の製作側がリベンジするような形で、演出家・振付家のトミー・チューン氏がナンバーのテコ入れを行ったのが、1989年トミー・チューン版/宝塚版なのです。
1982年初演のミュージカル「ナイン」に曲を書いていたモーリー・イェストン氏に作曲や歌詞の手直しが依頼されました。
モーリー・イェストン氏は、「ナイン」「ファントム」「グランドホテル」とモチーフが大きく違うミュージカルの作曲者。それでも、各作品の代表的ナンバーは、それぞれ ”Unusual Way” ”Home” ”Love Can’t Happen” と、耳障りの良い、いかにもミュージカルの曲っぽいメロディーが並びます。グランドホテルのほうが新しいので、より良い、といういつもの持論を展開してもいいのですが、題材や内容が全く違うので比べることはできません。。。💦
この映画BRの特典に、ジェフリー・ヴァンスとマーク・ヴィエイラという映画史家の音声解説がついています。この映画に対するトーキー初期映画の金字塔である的な語りに熱を感じます。ライティングやカメラアングルなどが研究し尽くされている。
映画では、男爵役にジョン・バリモア(ドリュー・バリモアの祖父)というスターを起用した関係で、グルーシンスカヤ役のグレタ・ガルボよりだいぶ年上になってしまいました。逆に映画にあるけど、舞台で省かれたのは、プライジング社長がホテルで買収をまとめるべく仕事するようす。
登場人物を(医者のオッテルンシュラーグ以外)全員電話ブースのなかから紹介してしまう手法、ホテルに入って来るグルーシンスカヤを引きで撮って追い続けるなどの手法、それらの手法が、1989年に舞台化されたときにインスピレーションの元となったはずです。舞台上一列になって観客に向かってエアー電話する場面と、回転扉からホテル客が歩いてくるようすを見せる構図などに。
たまちゃぴのグランドホテル
珠城りょう&愛希れいかトップコンビお披露目公演としてのグランドホテル。宝塚大劇場での上演期間は、2017年1月1日~30日と、お目出度いお正月公演でした!
原作が世に出てから、じつに87年後。
新たな息吹を吹き込んだ、と言うと紋切型ですが、お披露目公演だから、ぱっと見重厚さが足りないような新トップコンビの印象を逆手に取ったような妙味が感じられます。この作品を、珠城りょう演じる男爵とちゃぴのグルーシンスカヤで体験できてからこその、ちゃぴの退団公演「エリザベート」なのです!
(余談ですが、2020年「WELCOME TO TAKARAZUKA -雪と月と花と-」和装ショーが桃源郷か!というほどの豪華絢爛さであるため、2021年退団公演「桜嵐記」で生き別れた珠城りょう&美園さくらがあの世で結ばれた図を先んじて示していた、ように感じられるという感想がTwitter界隈で飛び出しました!)
合うか合わないか、どちらにもころびそうな線上にある作品が役者の底力でぴたっとはまるような感覚が月組ならでは。
たまさまなら複雑な人物である男爵のニュアンスをつかみ、ちゃぴなら無邪気さと尊大が同居したバレリーナを創ることができる、と想像された。そのままの出来ばえでも問題なし。でも相乗効果と月組効果で、作品全体が静かに燃え立つ情熱に包まれているような感じに仕上がりました。それが2017年の宝塚版「グランドホテル」です。
「ファントム」も考察してます↓↓



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