「ピガール狂騒曲 〜シェイクスピア原作十二夜より〜」は、あー、楽しかった!で終わりそうな作品であるだけに、ここいらで少し語っておきたいと思います。わたしが楽しかった!で終わっていましたので。噛みしめると味わいが深い、ということを反省を込めて語ります。
この作品を振り返る大きな意義がもうひとつあります。それは、トップ娘役美園さくら嬢が起こした(?)大きな渦の中心だから。彼女の軌跡には、主演作品ひとつひとつが重く乗っていますが、なかでも「ピガール狂騒曲」は、この作品を書いた演出家原田諒氏との関わりを生んだという点において他とは一線を画す作品です。
かざぐるま~まわるまわる
この作品のポスターが発表されたとき、今までで一番好きレベルで構図、衣装、表情、デザインが気に入ってしまいました。特にムーラン・ルージュの支配人シャルル・ジドレールを演じた月城かなと氏が、ヴォードヴィルの世界観そのものの姿で写真におさまっていらっしゃり息をのみました。
ガブリエル・コレット役の美園さくら嬢。後述しますが、カギとなるドレス姿で、ハットの角度や表情も完璧。
主人公ジャンヌを演じた珠城りょう氏はと言うと、、『狂騒曲』という響きには似合わない憂いある表情。どんなストーリーなのか、見当がつきませんでした。副題にシェイクスピア原作十二夜より、とあるので、この3人の関係性がごちゃっとするんだろうなというのは推測できた。。。
ふたを開けてみると「十二夜」から借りたのは、男女の混同というテーマでした。もうひとつのテーマである祝祭を、1900年に開催されたパリ万博前という時代設定で表現。
パリのキャバレー、ムーラン・ルージュと、実在の人物である作家コレットや画家ロートレックを巧みに絡めて、カップル2組の誕生を表現したのがピガール狂騒曲なのでした。
原田作品の特徴は、歴史、演劇、ミュージカルやオペラを互いに関連させたようなつくりです。2017年星組公演「ベルリン、わが愛」や、2019年月組「チェ・ゲバラ」などに似た構造が見られます。
セリフと歌の配分がちょうどよいと感じる作品が多く、ピガールでさらに磨かれた印象。インタビューなどを読むと、グランド・オペラに精通していらっしゃるようで、言葉よりは音楽的なアプローチをされる演出家なのじゃないか、と思います。
この作品に一貫して流れる雰囲気を支配しているのは「ムーラン・ルージュの曲」として親しまれている “It’s April Again”(別名 “Where Is Your Heart”)という曲。
1952年のイギリス・アメリカ映画「ムーラン・ルージュ」に登場しヒットし、世界的な定番曲になりました。映画自体は、伝記小説をもとに、ロートレックの人生を淡々と描き出すことに主軸が置かれた作品。
「ムーラン・ルージュの曲」 は、出だし3秒で19世紀末のパリにタイムスリップさせる珠玉のメロディーですよね。荘厳さ漂うオーケストラアレンジ↓でレコーディングされることも多く、こんな一例も。
「ピガール狂騒曲」には、この 「ムーラン・ルージュの曲」のメロディーが要所で効果的に使われています。
要所とは、しょっぱな、支配人シャルルが過去に思いをはせる場面×2、新作ラ・ヴィ・パリジェンヌ発表のあと、カンカンの一部、フィナーレの導入、階段降りの最初(エトワールの歌唱)とトップスター階段降りの直前(トップ娘役の歌唱)の7か所です。故に、この曲の持つ浮揚感みたいなものや、パリの空気感みたいなものを中心に置いて、物語が組み立てられていると言えます。
原田氏作詞↓の全9曲(作曲は玉麻尚一)は、曲自体が前に出すぎず、「ムーラン・ルージュの曲」に沿うかのように過不足なく配置されている、そんな感じ。
♪ラ・ベル・エポック・ド・パリ ♪起死回生の新作を! ♪ジャックの過去 ♪謎の男 ♪お望みのままに ♪新作の予告 ♪秘めた想い ♪ラ・ヴィ・パリジェンヌ ♪夢のかけら
静かな笑いと感動
ムーラン・ルージュやロートレックというと、もの淋しい内容になりそうなところ、珠城りょうファンが愛したジャンヌというキャラクターの悲しみはありつつ、すべてがマイルドな笑いに昇華されているのがこの作品のすごさ。ロートレック(千海華蘭)なんか友達に欲しい。
見ているときに、めくるめく感情を呼び起こしますが、人間模様の描き方が巧みだなー、とあとからしみじみ思い返したくなる作品です。
ポスターの構図そのままに、主人公ジャンヌ(珠城りょう)、シャルル・ジドレーヌ(月城かなと)、美園さくら(ガブリエル・コレット)が知り合い惹かれあって、、その過程で人生の美しさと哀しさを教えてくれるかのような。。。
タカラジェンヌの演じるパリジェンヌ(ややこしい言い方!)なのに、英語圏混合キャストによる映画みたいな雰囲気さえあります。
それはひとえに、演者が目の芝居、間の芝居、セリフ回しとジェスチャーによって、舞台上で子気味良く、あきれ、とぼけ、なだめすかし、感情をぶつけ合って楽しませてくれるから。
女性が必死で男性ぶっている芝居を、寝ても覚めても男性を演じているトップスターに課すという過酷さにはびっくりしましたが、瞬間瞬間に女性が顔を覗かせるみたいなお芝居を、珠城氏が成り立たせています。
説明的なシーンなどもなく、シーン3で既に、ムーランルージュの紹介を全て終える展開の早さ。支配人が作家夫人コレットを舞台にあげて起死回生をねらうという物語のきっかけが、観客を待たせることなく登場します。
振付師ミシェル(光月るう)のセリフ「でも彼女、舞台なんてやったことあるの?」に対する、月城シャルルによる「ないだろうな」の言い回しだけで、絶妙なやりとりだ!ってなり、月組芝居の真髄を楽しめた気さえするほど!
月組生が演じる人物たちが、その技を発揮して相互に嚙み合っているので、笑いの取りかたもスマートです。
コレットから踊りのスジがいいと褒められてからの「あなたも初めてでしたよね」も、何気ない言い方だけで笑いを取る。ジャックと呼びかけてしまったので、エドモン(佳城葵)からジャンヌですよ、と改正され「ジジャンヌ」と呼び直す、この一言だけでも可笑しい。。。😯😯😯
ファニーみその
「男ってみなああなのかしら?」と言うときの、すごくあきれた目!男装ジャンヌがなんとか触られまいとつくウソに対し、「ぐぐわあいいがわるくなるうぅですって?!!!」というセリフ回し。
この作品での美園さくらは、ファニーみその、という名前を差し上げたいほどのファニーぶり。
その雄姿を今見ることの感慨があります。さくら嬢はもう宝塚歌劇団にいない、という事実もそうなのですが、一番は、これがあの演出家原田諒先生が200日かけてつくったというガブリエル・コレットという役か!という感慨。
作者、役、それを演じる俳優、この3つのあいだに存在する事情など、あまり表には出てこないもの。この作品に関しては、美園さくら退団の直前に、退団関連の書き物が多く世に出たことにより浮き彫りになりました。
2021年8月号の歌劇に掲載された原田氏による美園さくらに贈る言葉には、ピガールでの取り組みが書かれています。この作品でしか関わりが無かったので、美園さくらへ贈る言葉=ピガールの思い出なわけです。
まとめてしまうと、、さくら嬢の役創り問題が「にっちもさっちもいかない」と苦労していたとき緊急事態宣言が発令され、4ヵ月にわたり稽古が中断、再開時に何も変わっていない!と憤慨したものの、衣装の仮縫いをきっかけにおふたりのなかで変化が起こり、初日には想像以上のヒロインができあがった、というもの。(これ自体、小説にできる)
この作品のみで関わった人に、その関わりの深さゆえに書いてもらった贈る言葉だということが沁みます。原田氏も依頼がきてビックリした、と書いているのですが、ちゃんとさくら嬢から受けた影響もうかがえる文面になっていて、指導者的立場からの言葉でないという点にも感動させられます。
原田氏の贈る言葉は、「作品と共に、美園さくらは私にとって終生忘れることの出来ない存在である」と結ばれています。
舞台関係者と、このような関係になろうと思ってもなれるものでもなくて、歌劇団で得たものが人生の糧になる、という生きた例を見せられたような気持になりました。
この贈る言葉の冒頭に「セリフにも芝居にも癖がある」とあるのですが、ピガール前の2作「I AM FROM AUSTRIA」と「赤と黒」どちらもに、その癖が見てとれたのが、ピガールで薄まっていたのが興味深いと思っていたのです。
個性としてとらえることもできるのに、はっきりと『癖』だと演出家が断言しているのが興味深かった。
またIAFAはハリウッドで成功したオーストリア人の女優、ピガールではフランス人作家の役と、それほど遠くない役柄である、なんならガブリエル・コレット役のほうが、意図的に大げさなセリフ回しなどがあるのに、コレットのほうがずっと自然で、ちょっと不思議な気がしていたのです。
IAFA、赤と黒と、けっこうな大人の女性役をこなしてきたさくら嬢、原田氏から「ガブリエル・コレット役の軸が掴めない」と言われてしまった。なぜか?
作家として認められるべく行動しようとしている女性を演じられる自分軸がなかったため、強い女性を『演じる』ことだけで押し出そうとした、ということだったようです。
円盤のスペシャルムービー@稽古場インタビューのなかで、さくら嬢が語っていたのは、「自分というものを確立いくべき」なのに「役のなかだけで」やろうとしている、と指摘を受けた、ということでした。
やりすぎと、やらなさすぎの2つに平たく分類してしまうと、やらなさすぎのほうだったのでは?
癖があることを、強く演じる、に置き換えがちですが、原田先生の意図する役の軸は、普遍的に役者の中にあって表に出てくるべきものだったようです。セリフ回しだけで気丈に見せても伝わらない、っていうことだった、と。納得。
さらに平たく言ってしまうと、一番最初にライブビューイングで観劇したときにコレットが収まっている感がありました。頑張って役を成り立たせよう、という気負いみたいなものが邪魔をしなかった、そんな感触。
ただ、美園さくらさんと演出家にそんな「激闘」があったなんて、思いもしませんでした。さくら嬢始め、全てのピースがかっちりと収まった状態を見せられてはね。😉
💛最後にピガール狂騒曲に関する数々の注目ポイントをまとめておきます💛↓
仮縫い事件: 💛仮縫いの場で美園さくら嬢が見せた「ロートレックの絵から抜け出たような着こなし」が演出家に考え方やアプローチを変えるほどのインパクトを与えた 歌詞にあるパワーワード: 💛偽りの姿演じながら、本当の自分追い求めている 💛すべてが生まれ変わる時代、シャンパンに酔い恋に酔い 💛人生という名の舞台 フィナーレでの注目ファクト: 💛大階段上でのトップスターの歌唱「もしもこの世が劇場なら」のあとで、4回「しゃん、しゃん、しゃん、しゃん」と鈴しゃんしゃん(正式名称は、大詰持物=おおづめもちもの)を鳴らす組子たち。からの「人は誰もが道化役者」のあと「しゃん!」 💛宝塚大劇場公演は、第106期生のお披露目公演なので、ロケットダンスは総勢39人! 💛ロケットダンスの衣装は、スモーキーパステルピンク、スモーキーパステルブルー、白のトリコロール。履き物はというと、ピンクのパンプスのヒール部分だけブルー! 💛フィナーレの衣装が全てシンプルなので、ネックレス無し! 珠城りょうの萌えポイント: 💛「♪謎の男」歌唱中、銀橋上でジャック・バレットとしてかっこつけるタマキ 💛決闘を申し込まれて「なんのことです?」と言うヴィクトール・バーレンベルクとしてのタマキ
さくら嬢のはなし↓↓



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