日々やらなければならないことは多いのですが、それに追いかけられている。今取り組んでいることが終わったらやっと年末の大掃除にぼちぼち取り掛かれるわ、と考えて、ふと大掃除は「やらないといけない」であって「やりたい」ことではないよなー、と。😑😑😑
そんなことを考えながら、川路真瑳バレエスタジオのサイトを見ていたら、珠城りょう氏が主宰のターちゃん先生の家でお風呂に入ったことに言及したお手紙が貼られているのを見つけました。
(川路真瑳バレエスタジオ=元月組男役、川路真沙(48期)であったバレエの先生が経営する宝塚受験対策のあるスクール。湖月わたると大空祐飛という元トップスターの出身地として有名。退団後すぐにスクールを開かれてから40年。代々木から永福町に80年代に移転したため、電車でのアクセスが京王井の頭線一本という、地方や近郊から通うには時間のかかる場所にタカラジェンヌのタマゴが集う場所が生まれた)
このスクールの紹介本とも言うべき「宝塚受験 世界にひとつしかない夢」を読んでみたら、珠城さんのお風呂の他、興味深いエピソードが載っていました。この本の出版時は珠城りょう月組トップ時代ということで、比較的新しいことから、時代の流れみたいなものも見えて興味深かったです。
利発さの原点
湖月氏が埼玉の入間市から通っていたときエピソードで、学校終わりですぐスタジオへ向かうため、校門でお母さまが自転車とともに待ち受けていて、その自転車で駅まで行き電車に乗って永福町まで行って通っていた、というのがあります。
レッスン後にスタジオを出るのは夜の9時なので、着く前にスタジオ近くのおでん屋さんで「ちくわぶ」を買って商店街の裏道で食べた、と。そのスケジュールのすさまじさ。「ちくわぶ」で腹ごしらえ、というなんとも厳しく泥臭い現実。
そんなスクールがあれば、そりゃ近所は背の高めなバレリーナで溢れて、周囲は見守りますわ。個人商店があった頃は、店主のおじいちゃんやご近所のおばあちゃんと、スタイルが良くてお行儀が良かったあの子は、受かった?受かったよ、みたいなやりとりがあったそうなんです。個人商店は消え、そういう交流も消えたそうなんですが。
こういった受験対策スクールには、芸事と礼儀を早くから仕込んでタカラジェンヌ仕様の女の子を量産するかのようなイメージを持ちがちですが、けっこう多面的なんですね。バレエ経験ゼロの初心者でも入れる、受験後にもレッスンがある、入団後レッスンに訪れるジェンヌさんがいる、などなど。
3次試験の面接時に、2次試験はどうでしたか?と聞かれ、楽しくできました!と答えるより、自分がどのような歌い方や踊り方をして、どのような評価を受けたか、をきちんと考えていることが伝わるような内容を話すべき、と書かれていた部分がありました。
これは、技術そのものよりも、分析力やモノゴトの関係性を把握する能力が必要となるからではないでしょうか。
この部分を呼んで、All For One の「ガスコンの誇り」を思い出しましたよ。珠城氏演じるダルタニアンが「♪フランスイチのつわもの揃い~♪」と銃士隊のことを歌う場面で、銀橋中央から相手役愛希れいか嬢の背後を通って上手側に立ち、「つわもの」のところで腕を小さくパンチするみたいにする歌詞と動きが連動した部分。
ちゃんとした振りなら覚えやすいのに、ちょっとしたジェスチャーみたいになっている部分をどうやって覚えるのだろう?とか、上手に移動するタイミングを間違えるとけっこうキツいなー、とか思っていたので。こういう一連の段取りを覚えられる、もしくは、覚えるのが苦でない、という女性しか宝塚には入れないよなー、と改めて受験に関する記述を読んで思いました。
あと、教え子の傾向に関して「特に最近は時代なのか、自己表現が苦手な子が増えてきている」というくだりがありました。
こんなにも様々な自己表現の場が増えている時代、リーマンショック後の安定志向のあおりを受けて若い人が萎縮してたりするんでしょうか。
どんな子が選ばれるのかを端的に表すと、「今は未完成でも、何か仕掛けたらポーンと跳ねるような子」だそうです。(確かに現役のタカラジェンヌは、ポーンと跳ねてきた実績を積み重ねた人たちばかりよねー、と、これまたお気楽な感想を持つ編集J)
ただ、宝塚音楽学校のPR映像などを見ると、その後の人生を決める時期に、思い切り夢を追ってしまっていいのかな、という思いがよぎることがあります。
宝塚受験をすることで、たとえ受からなかったとしても、多感な時期に何かに打ち込む経験をすることはプラスに働くのかもしれないと思い直しました。そして、受験の過程でより自分のことがわかるようになるのかもしれないなー、とも。
元トップスターの入ったお風呂
この本に「スターになった教え子たち」として挙げられている生徒さんは、前述のトップスターのほかに、敬称略で列挙すると、柚希礼音(入団後レッスンを受けた)、珠城りょう、瀬戸かずや、透真かずき、瑠風輝、峰果とわ、夢奈瑠音の7人の方のみ。これら9人の方々は言わば教え子代表。
サイトには、他にも多くの方のお名前が掲載されているのですが、それでも一部だけ。
お礼状や年賀状が多数掲載されているため、その画像を見ると川路出身であることがわかるタカラジェンヌさんが多数。また、お手紙の画像も掲載されていることもあり、内容や筆跡からどなた発の手紙なのか、わかっちゃったりもします。🤣
ちゃんと卒業生としてお名前が載っているのは、月組に所縁の深い方々だけでも、晴音アキ、月城かなと、朝美絢、姫咲美礼と、おなじみどころの面々。出身地と照らし合わせると、まあまあ通いやすそうな方もいれば、遠路はるばるな方も。
珠城さんに関しては、通える距離ではないので、夏休みに泊まり込みで集中レッスンに参加されていたようです。本に掲載された珠城りょうエピソードとしては、「あとにも先にも、家でお風呂に入った生徒は一人だけ」とありました。地方から来る生徒を4人まで泊めていて、集団なら良いが一人では銭湯に行かせられないので、と理由まではっきり書いてありました。
なのに、サイトに掲載されているご本人のお手紙(すぐわかっちゃう)には銭湯が休みだったので、家のお風呂に入れてもらった、とあります。なんかの誤解?ちくわぶと銭湯のワードだけで面白いのでスルーします。
珠城ファンならぐっとくると思われるのが、このお風呂手紙に記された「お家のお風呂へ入れて頂いた後に先生が私の直さなくてはいけないところを紙に書いて下さったんです」という部分。その紙を大切に持って行って受験なさったそうです。何気ないことですが、そういうの、いかにも真摯に受け止めそうで。あまりにらしいエピソードが浮き彫りになって、、、ほっこりしました。


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