芝居が上手い、巧みである、とはどういうことを言うのか?やるべきところを最大限に盛り、やってはいけないことをしない、なのではないか、という思いに至りました。
月組の芝居は、ここが押さえられていると感じます。
どの場面がどちら?というのは感覚でしかないし、解釈によって違います。これが難しいところなのですが。。。どちらも大事だから、判断と把握が難しい。
ここだ!と判断される場面ではフルスロットル。そのほかの場面では、小芝居でもメインの芝居の流れでも、邪魔になることは徹底的にしない。それが大切であり、それができているから月組の芝居が素晴らしいと感じるのだ!
例として、2012年月組公演「ロミオとジュリエット」のマーキューシオ(美弥るりか)が絶命するシーンを解説しましょう。
周囲に集まるモンタギューチームの、マーキューシオ、ロミオ(龍真咲)とベンヴォーリオ(星条海斗)の芝居に呼応する様子が秀悦なので、円盤(2012年6月26日収録)やスカイステージ放送の録画をお持ちの方は見返してみてください。
マギーさん演じるベンヴォーリオ自体が、マーキューシオに対する慈しみが溢れている点も特筆ポイントですが、それを置いておいても、周囲の反応が、かっちりとはまるパズルのピースのように存在していて見ごたえがあります。
マーキューシオが倒れてからロミオとベンヴォーリオに挟まれて「♪マーキューシオの死」を歌うシーン。後方のモンタギューチームにご注目。
お互いに確認し合ったり、反応し合ったりする2人組がちらほら。ごく自然に、マーキューシオが死ぬなんてあり得ないよね?えっ、あんなに血が出てるじゃないか!なんでこんなことになってしまったんだ!?みたいな2人単位での子芝居を繰り広げています。
個としては、さめざめと泣くもの、泣き崩れるもの、、 など、怒りや嘆きの質量が多めの演者がいて、同じくシーンを下支えします。
そして、極めつけ。マーキューシオの歌が佳境に入ってからの反応です。ここではモンタギューチームは一体化します。
「♪俺は死ぬんだ、お前の腕の中で、ひとり、先に逝ってお前を待ってる♪」という歌詞の「ひとり」や「お前を待ってる」の部分で、違う!!!ひとりじゃない!待ってるなんて悲しいこと言うんじゃない!!みたいな団体での反応を見せるモンタギューチーム。
これに気付いたのが最近で、心の底から、すごいなー、歌で死にゆく気持ちを吐露している人物を前にして、ただ嘆き悲しんでいるというお芝居でも問題ないけど、仲間なんだし、お互いに悲しみ合ったり抱き合ったり、「ひとり」発言に全員でわっ!と反応したり、そういう解釈もあるよね、と感心してしまいました。
自分の脳内にそういう考えがなかったし、まさお&マギー&みやるりのお三方ばかり見ちゃって今まで気付きませんでした。ミュージカルの曲はセリフなのだから、周囲もちゃんと聞いているというのがわかる表現方法は理にかなっています。
同じくロミオとジュリエットに関しては、もうひとつ発見がありました。
バルコニーです。これも幾度となく様々な組のバルコニーシーンを見てきて改めて気付いたことが。。。
龍真咲さま演じるロミオが「♪恋の翼に乗って、すべて乗り越えた~♪」と歌うときのジュリエットとの関係性に月組の個性が表れているのです。
この一節を歌い終わるまで、観客のほうを向いて歌う、ジュリエットのほうを向いて歌う、ちらちら交互に、などいろいろ演じかたはあると思いますが、龍氏は、まずはバルコニーから外へ向かって「恋の翼に乗って」と歌って、すぐジュリエットに視線を移します。そこからジュリエットに面対して「すべて乗り越えた」を歌うという流れ。ジュリエットに向かって、きみのために乗り越えた、と訴えかけるニュアンスを含ませているかのよう。
それに対し、愛希れいか嬢のジュリエットは、ロミオがバルコニーに登ってきてから、ずっとロミオを唖然と見つめることが多くて、ほとんど反応しないんですよ。これが、やらないことはやらない、の部分です。
やりすぎないではなく、やらない
2019年月組公演「Anna Karenina(アンナ・カレーニナ)」も、ロミオとジュリエットと同じく、雪、星、月という花・宙組以外の組が公演したことがある演目。
2001年初演、2008年の再演を経て、最新の公演が2019年なので、満を持して改変された感があります。コンスタンチン(夢奈瑠音)がキティ(きよら羽龍)に求婚する場面で、家族がBGM演奏を頼む楽士がバイオリンでなくバラライカを持っているところとか。
このコスチャことコンスタンチンが冒頭の「コルスンスキー邸舞踏会」にて、キティへダンスを申し込むも、おじぎをして手を取ろうかというところで曲が終わってしまうというシーンがあります。
ここで、何このタイミングの悪さ!みたいな芝居をしないといけないのですが、夢奈氏の場合は、あせったような短いため息のみ。(あれ?えー!?などのセリフを入れることも可能ではある)
それに続く、次のダンスを申し込もうとキティに向かって集まってくる男性を蹴散らすシーンでも、夢奈氏のコスチャは、ただ黙って、それでも強く、他の「紳士」を手で押しのけます。
編集Jはこの意図的に観客へ背を向ける芝居が好きで、この背中と手だけを駆使する無言の芝居が秀悦だなーと眺めていて、これこそがムダなことはやらない芝居なのでは?と感じたのです。
素人目で見て、一見物足りないような一連の動き、、、これがなんか大人な感じがする月組の芝居が月組芝居たる所以なのでは?
いままで漠然と感じていたAをやりつつ、それに矛盾するBも成立させているような感覚が解明できた気がしました。🙂🙂🙂🙂🙂🙂🙂
12年月組版「ロミオとジュリエット」好きなポイント↓↓



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