ガイズ&ドールズを理解するためのロジックを解説しますよ

作品語り
幸運の女神よ、今夜は女性らしくいてくれ

月組公演「GUYS AND DOLLS」が幕を閉じましたが、しんみりと作品を語ってガイズ祭りも終わりにしたいと思います。それにあたり、ガイズのロジックを解説します。今回の2025年版は、きれいに整えられていたものの、ちょっと意味を考えないといけない部分もあるかと。

順にいきます。主人公スカイ・マスターソン(鳳月杏)がネイサン・デトロイト(風間柚乃)に賭けの危険性について説く場面。封の切っていないカードから、スペードのジャックが飛び出して耳にサイダー(アップルサイダーなどのお酒)を注入させることができる、という賭けに乗らないように、というスカイの父親の教訓。

この賭けは、勝算がありそうなのになぜか負けるようにできている、乗ってはダメな賭けのたとえ話。負けた結果、耳がサイダーでいっぱいになる、というオチがついており、短く「耳いっぱいのサイダー」と言われる賭けです。寝耳に水みたいな語感がおもしろいですね。

次はネイサンがジョーイ・ビルトモア(大楠てら)に電話して、クラップゲームの開催場所を、持っていない場所代1000ドルを渡す前提で確保しようとする場面。「サラ・ブラウン(天紫珠李)をハバナに連れて行く」可能性がゼロだとして、ネイサンが負ける可能性はゼロだから。その賭けに関して、馬ならまだしも、人間の女に関して、負けるはずがないとなぜ言えるのか、と突っぱねる場面。

ここでの電話の会話が重要な意味を持っていると考えます。ジョーイの答えは明快で、「馬じゃなくて女だろ」この一言で核心を突いてくる。物語の進行のうえでは、この時点でスカイは見事に「サラをハバナに連れて行く」ことに失敗しており、前述の「耳サイダー」の論理を当てはめると、ハバナに連れて行くことは絶対にできず賭けに負ける、なのですが、こと女性に関して、それは通用しないよ、とジョーイというキャラクターを通して言わせている効果的な場面。

また、いよいよ賭博の場所に困る状況を表す役目もある場面です。ギャンブラーたちが伝道所が空のあいだに、どうしてもその場所を使って賭けをしなければならなかった理由になります。

サラにとって、自分がハバナに行っているあいだに、伝道所でクラップゲームが行われ、ハバナへ行きの条件として提示された、伝道所に罪人が来ることは皮肉にも達成されたわけです。この事実を見ると、ハバナ行きの裏で、いろいろ画策があったのかも、と彼女に思わせるような展開。

第2幕では、下水道での賭博が、メインの盛り上がりをつくります。ビッグ・ジュール(英かおと)が負けを取り戻そうと、ネイサン相手に目のないサイコロを使います。原作及び、過去再演では、目がないサイコロだけでなく、名前を書かずXと書いて、あやふやにした1000ドルの借用書を使います。

ネイサンが、自分の名前は書けないのに、thousand 1000は書けるのか?と聞くと、算数は得意だったが国語がダメだった、と答えられる場面。これも、各所に散りばめられた、会話の妙の一環だと思うので、今回カットされてちょっと残念かな。

目のないサイコロや署名の無い借用書うんぬん、は一旦何かを決めれば、ギャンブラーの仁義は通すことを示すやり取りだと思うのです。賭けのためハバナに行ったには行ったが、ネイサンには、連れて行けなかった、としてけじめをつけるかのようなスカイの行動も、仁義と言えるでしょう。

ラックとシットダウン

スカイがギャンブラー全員を伝道所へ連れて行くためにサイコロを振るシーンで歌われる「♪Luck Be A Lady」について。

幸運の女神は女性だから、そのへんの比喩の歌ね、と思っていたのですが、よく見てみると、これもまた実に良く考えられている歌でした。幸運が逃げる=女性がはしたない振る舞いをして逃げ出す、として、今夜のデートでは一緒にきたエスコートのもとから去らずに女性らしくいてほしい、というおしゃれで切ない歌。スカイが絶対負けたくない勝負に、絶対に必要な運を渇望している歌なのです!

次は、伝道所でギャンブラーたちが賭けに負けて集会に参加する場面。ナイスリー・ナイスリー・ジョンソン(礼華はる)が歌う「♪座れ、船が揺れる」で表しているのが、反省の心。

歌詞は、3番まであります。まず1番は、夢に登場した天国行きの船の上でサイコロを持っていたため、賭けをしようとしたが誰ものらない。2番は、ウィスキーを回そうとしたが、天国行きの船上でお酒なんてとんでもない。3番は、自分が船から落ちたところで夢から醒めたため、神様ありがとう、そして、自分の罪の重さを知った、みたいな内容。(聞き流しちゃうと何を歌ってるのかあまりわからないかもしれません)

船揺れソングが反省の歌であるため、直後のネイサンのセリフへと自然につながります。ある女性を旅に連れて行けるか賭けるべきじゃなかった、と。細かいやり取りが重なったあとでの、さらっと話される「連れて行けなかった」が活きてます。

「宝塚カフェブレイク」番組内でMCの中井美穂さんが、ギャンブラーがチーズケーキとシュトゥルーデルの数についてなど、細かいことに執着しているのが面白い、とコメントしていましたが、主人公たちが結ばれるのか、ということより、途中過程がいちいちおもしろいのがガイズの魅力じゃないかと思うんです。全体の流れと細部両方に可笑しみがある。

最後に、主演の鳳月杏氏の底力みたいなものを、大千秋楽のライブビューイングで感じたことを書いて終わりにします。役として舞台に立っていることが、直接的に伝わってきた感覚になりました。安定感などと言う表面的な言葉では言い表せないものを感じたのでした。

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