2026年3月の博多座公演 by 宙組「愛するには短すぎる」が発表されました。ちょうど正塚晴彦先生の作品について、あれやこれや思っていたところでした。「愛するには」は、2006年星組で初演後、3回再演され、今回で4度目で再演回数が多いですねー。
それと対比して、ほとんど再演されない作品もありました。記憶に新しいのは、スカイステージで放送された「BLUFF−復讐のシナリオ」。上手いこと組み立ててあるなー!という印象を持ちました。「BLUFF」は、初演が1990年で、2024年に34年ぶりの再演、とあります。
古臭い感じもしないし、まだこんな作品があったのかという感じ。他にも隠れた名作と言えるものがありそう。そう思うのも、「愛するには」のような作品が、再演回数多いぶんそれだけワル目立ちするというか、何回も見聞きするので正塚先生代表作みたいになっています。そういう作品ばかりなのかと思ったら違った…
「愛するには」は、全国ツアーでの再演用に使い勝手が良くて、再演回数が多いのかもしれませんね。
ほにゃららのスペイン(都市や地方名)
「愛するには」のような作品は苦手なのに、編集Jが一番好きな宝塚オリジナル作品と言える作品が「追憶のバルセロナ」なのです。もちろん、作風の好きな演出家がいたとして、その先生の全作品が好きであるとは限らないのですが。それにしても同じ人が書いたのかなと疑うレベルで違う。
「追憶のバルセロナ」は、宝塚の重鎮、柴田侑宏先生の作品である「バレンシアの熱い花」と設定が似ています。どちらの作品でも、主人公が怪傑ゾロみたいなヒーロー(黒い線風・黒い天使)となって活躍したり、フラメンコ風のダンスから始まって、スパニッシュギター音楽が前面に押し出されている。
類似点が多くて「追憶のバルセロナ」は柴田侑宏作一大スパニッシュシリーズの一環なのか?という錯覚に陥ることがあります。スペインが舞台で踊りがスパニッシュな作品はたくさんあり、どれがどんな内容だったかごちゃ混ぜになるのに加え、この2作品で表現されている精神が似てるからか…?
でも、それだけではなさそう。「追憶のバルセロナ」にはアンニュイ会話が登場しません。アンニュイ会話とは、うん、などの相槌を多用した会話。日本語が美しい、とされる柴田作品に近いから正塚風味が排除されてるんだろうか?
アンニュイ会話を、これぞ正塚作品だ、と堪能するファンの方もいらっしゃるのでしょうが、、編集Jは苦手なくちだな。
大好き、好き、嫌いではない、XXなら苦手でない、苦手、の5段階ある正塚先生受容レベルのなかで、最後の苦手ではないんですよ。なぜなら、大好きな作品があるから。ということで、第4段階である「XXなら苦手ではない」が当てはまります。
XXの部分には何が入るか?曲のさわやかさが物語と合っていて、アンニュイ会話が長くなければ、です。
曲のさわやかさ、を解説します。正塚作品には、名曲も多く、特に作詞:正塚晴彦、作曲:高橋城とある曲はどれもこれも傑作級名曲なのですが、作品全体の雰囲気が、スパイが出てきたり、ミステリーよりだったりすることも多く、主題歌がさわやかすぎると、唐突な感じがする場合があります。このちょっと合わないという印象が、全体の違和感にまで達すると、曲の終わりで、はなしの本筋に戻れないのです。
この条件を、2024年の月城かなと氏の退団公演「Eternal Voice 消え残る想い」に当てはめると、ギリギリOKでした。月城氏が演じる考古学者ユリウスの役が、ちょっと変わりものの人物なんだけどまっすぐな人で、相方である海乃美月嬢演じるアデーラとの将来を示唆するような曲調、と解釈できます。
その月城かなと氏が2022年に主演して再演された、「ブラック・ジャック 危険な賭け」には、かの有名な名曲「♪かわらぬ思い」by 高橋城が登場します。この曲、最初に聞いたときから、自分が抱いているブラックジャックの世界観と、合わないという印象を持ち続けております。。。
「追憶のバルセロナ」と並んで1996・1997年月組初演、2021年宙組全国ツアー時に再演された「バロンの末裔」も好きなのですが、背景に少し事件の匂いがする、という程度の物語なので、さわやかな曲「♪I Wish」でも問題なし。
対比として、「THE KINGDOM」(2014年月組による日本青年館、シアタードラマシティ公演、主演:凪七瑠海、美弥るりか)や「愛するには短すぎる」には、さわやかで突っ走るには無理がある複雑さがある。
船上での窃盗事件などなど、いろいろ起こるのに、「♪愛するには~、短かすぎる~」とさわやかに歌ってまとめるのはムリがありませんかねー。いろいろ事件が起こりすぎなのかな?「THE KINGDOM」も革命、戴冠式、情報部などなど重いモチーフ盛りだくさん。なのに、曲はさわやか。
次は、アンニュイ会話について解説します。うん、とか、え?とか、ですね。多用されると、ちょっと夢が壊される感覚があります。
好物の「追憶のバルセロナ」のセリフのあっさりしていること。2002年雪組版より、主人公フランシスコフランシスコ・アウストリア(絵麻緒ゆう)と親友アントニオ・ヒメネス(成瀬こうき)が語り合う場面をどうぞ。↓
フ:「人が平和で幸せに生きてゆける、そんな世の中であってほしいと思うよ。世界は王や貴族のためだけにあるんじゃない。しかし、新しい制度がフランスにもたらしたものは、いまのところ、恐怖政治と経済の崩壊だけだ。やつらの苦し紛れの拡張政策に飲み込まれてたまるか!」
ア:「そうだな。」
フ:「生きて帰れたら、いま一度、素晴らしい将来のために働くことを誓おう。」
ア:「ああ、君が親友であることを誇りに思うよ。」
フ:「僕もだ。(杯を上げて)将来に。」
ア:「将来に。」
ずいぶん、あっさり。では、比較するため、「ダンサ セレナータ」のセリフをどうぞ。
イサアクがモニカと再会するシーン。↓
ィ:「ダンスは?」
モ:「ときどき一人で踊ることがあるわ。あの時を思い出しながら。ずっと一人よ。」
ィ:「オレもだ。おまえを忘れたことはなかった。どうすればいい?」
モ:「どうしたいの!?」
ィ:「もう一人では踊るな。」
モ:「うん。」
ィ:「このままずっと。」
モ:「あなたと踊るわ。」
ィ:「そうだ。踊り続けよう。」
もう少しストレートに言ってくれないかなー、と思ってしまう。「おまえを忘れたことはなかった。これからは二人で踊ろう。」で十分ロマンチックじゃないか?と思ってしまう。。
強調したいのは、、「追憶のバルセロナ」をはじめ好きな正塚作品における、巧みさにすごく感心している、ということ。王や貴族が悪い、が、新制度は機能しておらず、なぜか拡張政策をとっている、とフランス革命が凝縮されているセリフに感心してしまう。だから、その簡潔なノリで他作品も楽しみたいものだなーーと思います。

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